「挽回」する「名誉」とは、、、

手持ちの漢和辞典によると「挽」の意味は、

  1. 引っぱる。力を入れて引く。
  2. ひつぎの車をひく。死者をとむらう。

とある。

つまり、当然、「挽歌」は、「棺を載せた車を引きながら歌う死者への弔い歌」を意味し、そして「挽回」は、「棺を載せた車を引きながら、幾人もの遺体を集めて回る」というのが、本来の意味である。

ではなぜ、「失ったものを取り戻す」という意味で使われるようになったのか?

それには「火を見るより明らか」とも言うべき明々白々な筋道・道理があるからである。

そもそも、、、

はじまりのてん末

話・事の始まりは、ある日突然、隣国に攻め込まれ自国の兵士や住民に多数の死者が出たことにある。

この死者たちを弔うには、当然、自分たちが山や森の奥に逃げ込んだ状態、即ち、自分たちが元いた村や町(生活圏)が敵の制圧下にある状態では亡骸など回収できる筈はなく、況してや、戦いの最中に遺体を回収するなど出来る筈もないのだから、結局、敵を退治して自国領土を取り戻すか、あるいは、敵陣を遠くに押遣ってある程度余裕を持てるまでに優越した状況となる必要がある。

つまり、一般的にいわれる「挽回」の意味である「一旦不利になった状況を盛り返して有利な立場に就く」ことが、「奪われた自国領土を取り戻すこと」であり、「遺体回収」の必須条件となるのである。

この自明の理があるが故に、本来「遺体回収」を意味する「挽回」が「失ったものを取り戻す」という意味に「転用」され広まったのであるが、広まり過ぎて、本来の「挽回」の意味はすっかり忘れ去られ、今や辞書にすら載せられていない始末。

そして、気付かなければならないのは、「名誉挽回」の「名誉」とは、一時とはいえ、ゴミ同然に遺体を野晒しにし放置していたことを悼みつつ、亡骸を回収して弔いを上げ、人間らしく扱うことで「死者の名誉を回復する」ことの「名誉」であり、「名誉回復」の「名誉」だということである。

当然、「自分の名誉」では有り得ない。

「汚名挽回」を非難している者達の殆どは、「名誉挽回」の「名誉」を「自分の名誉」であるかのように言っているが、これでは、「太陽と月は一つ」で「月の裏側が太陽」だと思っていたオセロの松嶋尚美と良い勝負である。
ちなみに、今は「太陽」と「月」は別の天体だということは知っているようなので、どちらが「馬鹿」かといえば。。。

名誉ある結果責任?

そもそもの原因は、怠慢・落ち度・不徳によって周辺諸国の動向を把握しきれずに他国の進入を許してしまった事にあるのだから、当然、国を預かる者達や軍の上層部の者達には何の「名誉」もある筈はなく、むしろ「汚名」というべきで、敵の打破をもって、最低限の償いを成し、辛うじて「汚名を雪いだ」と言うべき。

たとえ、敵を返り討ちにし、敵国の領土を我が物としても、死者が生き返る道理はなく、下級兵士であれば死と引き換えに、所謂「2階級特進」を得るのであろうが、巻添えを食らった平民には、報いるものは何もないのだから、「最低限の過ちを償う」の範疇を超えるものではなく、何を如何言い繕ってみても上層部の連中には何の「名誉」も無い。

いうなれば、上に立つ者にとっては「名誉挽回」は「(最低限の)罪過の償い」にしか成り得ないし、総辞職・総退陣ぐらいで済む話しでもない。

と言うより、逃げ込んだ山や森の中で体勢を立て直すときに、首を切られているのが当然。

「○○挽回」とは

このような経緯に始まったのが「挽回」の成り立ちなのだから、「名誉挽回」とは、自分の読みの甘い・浅い・不甲斐ない行動・存在に端(一端を担う)を発し、巻き添えを食らって、対立勢力や世間から「名誉」を傷つけられた、周囲の者達(家族・友人・知人・職場の同僚関係者)の「名誉『回復』」を成し遂げることで、結果的に元の「自分の居場所・立場・地位を取り戻す」こと、と解釈するべきである。

当然の帰結として、「汚名挽回」とは、「自分の所為で『汚名』を負わされた周囲の者・関係者の『汚名を雪ぎ』(自分が発端なのだから)償う」ことで、最終的に「自分の居場所・地位を取り戻す」という意味にしか成りえない。

「挽回」で取り戻せるもの

何れにしろ、「名誉」は「自分の名誉でない」ことは明らかで、「汚名」なら自分に対しても使えるので、「汚名挽回」「汚名を挽回する」の方が誤用する可能性が低く、安心して使える四字熟語・慣用句だといえる。

本来の順序としては、「元の住み家・居場所」を取り戻してから、身の周りの者たちの「名誉を回復する」のであるが、四字熟語としての「名誉挽回」では、周囲の者たちの「名誉を回復」してから、「自分の居場所(地位・役職・住み家)を取り戻す」こととなる。

つまり、周囲の者たちの「名誉を回復する」以前は、周囲の者・関係者から白い眼で見られたり、そうでなくても引け目を感じて「居心地」が悪く、「自分の住み家・居場所」が、所謂「針の筵」と化していたのが、「名誉を回復」を成し遂げたことで「針の筵」から元の「安住の地・落ち着ける場所」となることを表している。

いうなれば、「自分の不徳・不甲斐なさの所為で迷惑を被った者たちに報いる事で肩の荷を降ろせる」ということを暗に示してる、それが「○○挽回」の真意であろう。

「名誉挽回」の誤用例

あるマラソン選手が外国選手を交えた大会でぶっちぎりで優勝。
誰もが、オリンピックでも優勝間違いなしと思っていたが、いざ口火が切られてみると、早々に途中棄権。

国民やマスコミも非難轟々で、その選手や監督だけにとどまらず、家族や友人・知人、更には職場の同僚にまで罵声が浴びせられ、チョットした買い物に出るのもままならず、日常生活にまで支障が出る始末。

しかし、更に4年間努力を重ね、再びオリンピックに出場し、見事表彰台。

表彰台に立つ選手に向かって、「名誉挽回、おめでとう」と言ったら「誤用」である。

故郷に戻り凱旋パレードでメダルを見せ付け、家族や友人・知人などに四の五の言っていた奴らを黙らせて、ようやく「名誉挽回」達成である。

つまり、これ以降、買い物にも安心して出歩けるようになることで「名誉」が「回復」されたと見なすことができ、また、家族や友人・知人達と気兼ねなく接することが出来るようになることで「自分の居場所を取り戻すこと」と解釈でき、これが当に「名誉挽回」の真意というべきであろう。

もっとも、今時の情報社会なら表彰台に立った時点で。。。

結論:

「ことば」なのに、人間の心理をまったく読み取ろうともせずに、ただ単に辞書に書かれている文言を機械的に当て嵌め、「汚名挽回」を誤用と決め付けて非難しているサイトが沢山あるが、そろそろ「名誉挽回」して見てはいかがですか?

もしかして、既に多くが機械人間に掏り替っているのだろうか?
ねえ、メーテル。

蛇足:

上司がヘマをした部下に「名誉挽回しろ!」といった場合、「お前の所為でまとまりかけた契約が破談して、このままじゃ社員全員次回のボーナスはゼロだ。何とかして大口の契約を取って来い!」という意味であり、「ヘマをした部下の『名誉』は二の次、三の次」で、本命は「『大口の契約』によるボーナス確保」だということである。

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Keyword: 語源, 退勢, 頽勢を挽回し, 混交表現

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投稿者: ごねる? 猫飯

語彙も誤謬もごねる?猫飯