「辟易の聞き間違いだ」に「辟々」するぞ!
なぜなら、、、
たい‐へき【大辟】 – kotobank
《「辟」は刑の意》重い刑罰。
とあるのだから、「辟々」は「罪を犯して刑罰を受けているかのように苦しむこと」と解釈すべきであり、「前世で罪を犯し、現世でその罰を受けているか」のような場面で「(実家の前の)あの急な坂道に『辟々』していた。」のように使うのが正しい。
- 「飽きる」を「飽き飽きする」
- 「混ぜる」を「混ぜ混ぜする」
- 「深く頭を下げる」を「深々と頭を下げる」
- 「ハイハイ」といって「ハイは一回でいい!」と怒られる奴
などなどの類である。
へき‐えき【辟易】 – デジタル大辞泉
[名](スル)《道をあけて場所をかえる意から》
1 ひどく迷惑して、うんざりすること。嫌気がさすこと。閉口すること。「彼のわがままには―する」「毎日同じ料理ばかりで―する」
に「道をあけて場所をかえる意から」とあるが、「道を変えて」ではないのか?
また「道を空けて」ならば「向かって来た牛の群れを避けてやり過ごす」という意味になるが。
どちらにしても、「口煩い姑を上手く避けて裏口から出た」のであれば、むしろ「してやったり」で気分は良いはず。
これでは、丸っ切り意味が逆であるのは明々白々。
結局「うんざりする。嫌気がさす。」に合致するのは「重い刑罰を受けているかのように苦しむ」の方であるから、むしろ、「辟易の聞き間違い」と主張している者の方が、根本的に「辟易」の意味を取り違えている上に、「大辟」に気付かないまま安直に「辟」を含んでいて読みが似ている「辟易」と結び付けて自己満足しているだけ、と解釈すべきであろう。
実際、「大辟」はWeb辞書には載っているが、中学から使っている国語辞典には載っていないので、「『辟易』の聞き間違い」は学生レベルの主張ということになる。
何時までも言い張っていると「大辟」を食らうことになりますよ!学生レベルの方々。
結論:
取り敢えず、清々した!
- 2014/02/07 – Yahoo!辞書の業務提携先変更に伴いリンクを修正。
- 2015/02/12 – 「前世で…な場面で」の一節を追加。付随して助詞などを調整。